神戸地方裁判所 平成5年(ワ)1734号 判決 1997年3月26日
大阪府守口市大日町三丁目三一番六号
原告
株式会社久宝プラスチック製作所
右代表者代表取締役
岡田孝博
右訴訟代理人弁護士
朝沼晃
右輔佐人弁理士
中村恒久
仙台市青葉区五橋二丁目一二番一号
被告
アイリスオーヤマ株式会社
右代表者代表取締役
大山健太郎
右訴訟代理人弁護士
吉武賢次
同
神谷巖
右輔佐人弁理士
三好千明
同
飯島紳行
主文
一 被告は、別紙図面(三)の(1)及び同(2)記載の物干し器具を製造し、使用し、販売し、貸与し、又は販売若しくは貸与のための展示をしてはならない。
二 被告は、その保管にかかる前項記載の各物干し器具を廃棄せよ。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
四 この判決は第一、第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 主文第一項ないし第三項同旨
2 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 原告の意匠権
(一) 原告は、次の意匠権(以下「本件意匠権A」といい、その意匠を「本件意匠A」という。)を有している。
出願日 昭和五四年八月六日
登録日 昭和六二年九月一〇日
登録番号 第七二三二九三号
意匠に係る物品 物干し器具
登録意匠 別紙(一)の(1)意匠公報記載のとおり
(二) 本件意匠Aには、次の類似意匠が付帯している(以下「本件類似意匠」という。)。
出願日 昭和五五年一月三一日
登録日 昭和六三年一月一一日
登録番号 第七二三二九三号の類似一
意匠に係る物品 物干し器具
登録意匠 別紙(一)の(2)意匠公報記載のとおり
(三) 原告は、次の意匠権(以下「本件意匠権B」といい、その意匠を「本件意匠B」という。)を有している。
出願日 昭和六二年八月三一日
登録日 昭和六三年一〇月二六日
登録番号 第七五四三六八号
意匠に係る物品 物干し器具
登録意匠 別紙(一)の(3)意匠公報記載のとおり
2 本件各意匠の構成
(一) 本件意匠Aの構成
本件意匠Aの構成を分説すれば次のとおりである(別紙図面(二)の(1)参照)。
<1> 細長い丸棒状の上部支柱1と下部支柱1'が、中間部に設けられた平面視において円環状の下段集束盤2の中心部において、真直ぐに継ぎ合わされ
<2> 上部支柱1の上端に設けられた平面視において円環状の上段集束盤3には、細長い平板状の上段物干し杆4が、その先端が支柱側よりやや高くなるように緩やかな傾斜をもって放射状に三本設けられ
<3> 右上段物干し杆4には、ハンガー掛合用の孔5が一〇個穿設されており
<4> 下段集束盤2には、先端が「つ」字形クリップ7に成型された細長い平板状の下段物干し杆6が、その先端が支柱側よりやや高くなるように緩やかな傾斜をもって放射状に一二本設けられ
<5> 下部支柱1'の下端付近に支柱を嵌合するための脚部集束盤10が設けられ、同集束盤に上端を枢支された丸棒状のステー9を斜め下方へ放射状に四本設けた脚部8からなる形状の
<6> 物干し器具
(二) 本件類似意匠の構成
本件類似意匠の構成を分説すれば次のとおりである(別紙図面(二)の(2)参照)。
<1> 細長い丸棒状の上部支柱1と下部支柱1'が、中間部に設けられた平面視において円環状の下段集束盤2の中心部において、真直ぐに継ぎ合わされ
<2> 上部支柱1の上端に設けられた平面視において円環状の上段集束盤3には、細長い平板状の上段物干し杆4が、その先端が支柱側よりやや高くなるように緩やかな傾斜をもって放射状に一二本設けられ
<3> 右上段物干し杆4の下側には、ピンチ(洗濯ばさみ)5が二個吊り下げられており
<4> 下段集束盤2には、先端が「つ」字形クリップ7に成型された、細長い平板状の下段物干し杆6が、その先端が支柱側よりやや高くなるように緩やかな傾斜をもって放射状に一二本設けられ
<5> 下部支柱1'の下端付近に支柱を嵌合するための脚部集束盤10が設けられ、同集束盤に上端を枢支された丸棒状のステー9を斜め下方へ放射状に四本設けた脚部8からなる形状の
<6> 物干し器具
(三) 本件意匠Bの構成
本件意匠Bの構成を分説すれば次のとおりである(別紙図面(二)の(3)図面参照)。
<1> 細長い丸棒状の支柱1の上端付近に平面視において円環状の上段集束盤3がその下部に設けられた円筒状のストッパー12の調節によって上下方向に摺動可能に嵌合され
<2> 上段集束盤3には、先端に孔5を穿設し、先端と基端とを除く主要部分の断面がT字形状の上段物干し杆4が、先端が支柱側よりやや高くなる様に緩やかな傾斜をもって放射状に一〇本設けられ
<3> 右上段物干し杆4の下縁部にはU字形状に突出した二個のピンチ係止フックが設けられ、各フックにはそれぞれピンチ6が吊り下げられており
<4> 支柱1の中間部には、平面視において円環状の中段及び下段集束盤2、2'がそれぞれその下部に設けられた円筒状のストッパー13、13'の調節によって上下方向に摺動可能に嵌合され、中段、下段の各集束盤2、D'にはそれぞれ先端が「つ」字形のクリップ8、8'に成型され、支柱側上縁部に洗濯止めクリップ9、9'を取り付けた断面がT字形の細長い物干し杆7、7'が先端が支柱側よりやや高くなる様に緩やかな傾斜を以って放射状に二〇本設けられ
<5> 支柱1の下端に支柱を嵌合するための円筒状の支持体14を備えた脚部集束盤15が設けられ、同集束盤に上端を枢支された丸棒状のステー11を斜め方向へ放射状に三本設けた脚部10からなる
<6> 物干し器具
3 被告は、別紙図面(三)の(1)記載の物干し器具(以下「イ号物件」いい、その意匠を「イ号意匠」という。)及び別紙図面(三)の(2)記載の物干し器具(以下「ロ号物件」といい、その意匠を「ロ号意匠」という。)を製造し、使用し、販売し、貸与し、販売又は貸与のために展示している。
4 イ号意匠の構成
イ号意匠の構成を分説すれば次のとおりである。
<1> 細長い丸棒状の上部支柱1と下部支柱1'が直接中間部において真直ぐに継ぎ合わされ
<2> 上部支柱1の上端には、円筒状の支持体12によつて支柱に嵌合される平面視において円環状の上段集束盤3が設けられ
<3> 右上段集束盤3には、先端に孔10を穿設し、先端と基端とを除く主要部分が上縁の該横板部4aと該横板部4aの下面中央に突設された縦板部4bとを一体に有する断面T字形状の上段部物干し杆4が、先端が支柱側よりやや高くなるように緩やかな傾斜をもって放射状に八本設けられ
<4> 右上段物干し杆の下縁部には、下線稜線から半円弧状に突出した二個のピンチ係止フックが設けられ、各フックにはそれぞれピンチ5が吊り下げられており
<5> 支柱には、上記上段集束盤3と脚部8との間に、平面視において円環状の下段集束盤2が上下方向に摺動可能に嵌合され、該下段集束盤2の下部には外周の一部が支柱の側方に突出した形状のストッパー13が係着され、同集束盤には、先端が「つ」字形のクリップ7に成型され、該先端と基端とを除く主要部分が上縁の横板部6aと該横板部6aの下面中央に突設された縦板部6bとが一体となつた断面T字形状の下段物干し杆6が、先瑞が支柱側よりやや高くなるように緩やかかな傾斜をもって放射状に一六本設けられ、下段物干し杆6の基端部で支柱と集束盤の結合部近傍には、湾曲状に隆起した洗濯止めクリップ11がそれぞれ設けられており
<6> 下部支柱1'の下端には脚部8が結合され、該脚部8は、下部支柱の下端を受容する円筒状の支持体14と上部に椀型状の蓋を有する脚部集束盤15、及び該脚部集束盤15に上端部を枢支されて斜め下方へ放射状に延在する三本のステー9で構成され、該ステー9は、断面逆U字状であって、外側の湾曲部9aと該湾曲部9aの両側に連なり、相対向する平行な側面部9b、9bとを一体に有し、該側面部9b、9bは脚部集束盤15との枢支部である上部側の幅が広く、かつ下部に行くに従って幅が狭くなる形状であつて、下端部には円弧状に突出する接地部17が形成された
<7> 物干し器具
5 本件意匠Aとイ号意匠の類否
(一) 本件意匠Aとイ号意匠は、共に<1>細長い丸棒状の支柱、<2>支柱上端部に集束盤を介して緩やかな傾斜をもって放射状に複数設けられた上段物干し杆、<3>支柱の中間部に集束盤を介して緩やかな傾斜をもって放射状に複数設けられた下段物干し杆、<4>支柱下端部に集束盤を介して放射状にステーが複数設けられた脚部、によって成る二段式の物干し器具であり、意匠の基本構成は両者全く同一である。
(二) 支柱の結合方法について
本件意匠Aにおいては上部支柱1と下部支柱1'が下段集束盤2を介して真直ぐに継ぎ合わされているのに対し、イ号意匠においては上部支柱1と下部支柱 が直接中間部において真直ぐに継ぎ合わされている点に構造上の相異はあるが、イ号意匠の継ぎ目自体目立たないものであるから、支柱の結合方法の違いは意匠の同一性判断に何らの影響を及ぼすものではない。
(三) 上段物干し杆について
(1) 本件意匠Aとの関係においては、物干し杆4の先端にのみ孔10が一個穿設されている点(イ号意匠の構成<3>)、物干し杆4の下縁部に下線稜線から半円孤状に突出した二個のピンチ係止フックが設けられ、各フックにはそれぞれピンチ5が吊り下げられている点(イ号意匠の構成<4>)及び物干し杆4の断面がT字型状となっている点において相異している(イ号意匠の構成<3>)が、その他の構成は一致している。
(2) 本件類似意匠との関係においては、右本件意匠Aとの相異点のうち、ピンチ5が吊り下げられている点は本件類似意匠の構成<3>と一致している。
(3) 前記(1)の相異点のうちイ号意匠の物干し杆4の断面がT字形状になっているとしても、同物干し杆の先端部分は上縁の横板部4aの巾をもって円筒状に形成されており、外観上、看者が物干し杆の中間部における断面がT字形状になっていることを認識することは出来ない。
看者の視線である平面視及び正(立)面視においては、同物干し杆はいずれも細長い平板状であって本件意匠Aの構成<2>と一致しており、物干し杆の断面形状が同一性の判断に影響を及ぼすことはない。
(4) イ号意匠の物干し杆4の下縁部には半円弧状のピンチ係止フックが設けられているが、これも意匠全体に占める割合が極めて小さく、特に右フックにはピンチが吊り下げられているので、右フックの存在は看者にはほとんど認識出来ず目立たないものである。
物干し杆の本数は、本件意匠Aが三本であるのに対し、本件類似意匠は一二本であるにもかかわらず類似性が認められていることからも明らかなように複数(特に三本以上)である限り、両意匠の同一性を否定する理由とはならない。
(四) 下段物干し杆について
(1) 本件意匠Aとの関係においては、集束盤2が上下方向に摺動可能である点、ストッパー13が係着されている点、及び物干し杵6の断面がT字型状となっている点(イ号意匠の構成<5>)において相異しているが、その他の構成は一致している。
(2) しかし、前記相異点のうち、集束盤2が摺動可能であるか否かはイ号意匠が動的意匠でないことから同一性判断に全く関係なく、ストッパー13については集束盤2の下部にあって目立たず、しかも側面の一定方向から観た場合しか看者には認識出来ないものであって、意匠全体に占める割合が極めて小さいから、同一性判断に全く影響を及ぼさない。
物干し杆の断面形状については、上段物干し杆に関する前記(三)の(3)と同一理由により、また物干し杵の本数についても上段物干し杵に関する前記(三)の(4)と同一理由により、何れも両意匠の同一性を否定する理由とはならない。
(五) 脚部について
(1) 本件意匠Aとの関係においては、円筒状の支持体14及び脚部集束盤15に椀型状の蓋が設けられている点並びにステー9の断面が逆U字状で下端部に円弧状に突出する接地部17が形成されている点において相異している(イ号意匠の構成<6>)が、その他の構成は一致している。
(2) 本件の如く二段あるいは三段構成の物干し器具においては、需要者の注意を最もひくのはその性格上洗濯物を干す部分、つまり物干し杆の形状であるから、看者の目線より下方にあって物干しの支持具にすぎない脚部の形状が本件意匠の要部となることはない。
(3) 前記(1)の相異点のうちステー9の断面形状については、ステーの下端部が円弧状に形成されていることもあり、外観上看者が認識することは出来ない。また、右ステーは平面視において直棒状であり、各ステーを真正面から見た場合にも直棒状であって、看者の視点からステー側面部の広狭を明確に認識することは出来ない。
したがって、ステーの断面の形状及び側面部の広狭が同一性の判断に影響を及ぼすことはない。
(六) したがって、イ号意匠は本件意匠Aに類似する。
6 ロ号意匠の構成
ロ号意匠の構成を分説すれば次のとおりである。
<1> 細長い丸棒状の上部支柱1と下部支柱が直接中間部において真直に継ぎ合わされ
<2> 上部支柱1の上端には、円筒状の支持体12によって支柱に嵌合される、平面視において円環状の上段集束盤3が設けられ
<3> 右上段集束盤3には、先端に孔5を穿設し、先端と基端とを除く主要部分が上縁の横板部4aと該横板部4aの下面中央に突設された縦板部4bとを一体に有する断面T字形状の上段部物干し杆4が、先端が支柱側よりやや高くなるように緩やかな傾斜をもって放射状に八本設けられ
<4> 右上段物干し杆の下縁部には、下線稜線から半円弧状に突出した二個のピンチ係止フックが設けられ、各フックにはそれぞれピンチ6が吊り下げられており
<5> 支柱には上段集束盤3と脚部8との間に、平面視において円環状の中段及び下段集束盤2、2'が上下方向に摺動可能に嵌合され、該各集束盤2、2'の下部には外周の一部が支柱の側方に突出した形状のストッパー13、13'が係着され、同各集束盤には先端が「つ」字形のクリップ8、E'に形成され、該先端と基端とを除く主要部分が上縁の横板部7a、7'aと該横板部7a、7'aの下面中央に突設された縦板部7b、7'bとが一体となった断面T字形状の中段及び下段部物干し杆7、7'が先端が支柱側よりやや高くなるように緩やかな傾斜をもって放射状に一六本設けられ、中段及び下段物干し杵7、C'の基端部で、支柱と集束盤の結合部近傍には、湾曲状に隆起した洗濯止めクリップ9、9'がそれぞれ設けられており
<6> 下部支柱 の下端には脚部10が結合され、該脚部10は下部支柱の下端を受容する円筒状の支持体14と上部に椀型状の蓋を有する脚部集束盤15及び該脚部集束盤15に上端部を枢支されて斜め下方へ放射状に延在する三本のステー11で構成され、該ステー11は断面逆U字状であって、外側の湾曲部11と該湾曲部11aの両側に連なり、相対向する平行な側面部11b、11bとを一体に有し、該側面部11b、11bは脚部集束盤15との枢支部である上部側の幅が広く、かつ下部に行くにしたがって幅が狭くなる形状であって、下端部には円弧状に突出する接地部17が形成された
<7> 物干し器具。
7 本件意匠Bとロ号意匠の類否
(一) 本件意匠Bとロ号意匠は、共に<1>細長い丸棒状の支柱、<2>支柱上端部に集束盤を介し緩やかな傾斜をもって放射状に複数設けられた上段物干し杆、<3>支柱の中間部に二組の集束盤を介して緩やかな傾斜をもって放射状に複数設けられた中段及び下段物干し杆、<4>支柱下端部に集束盤を介して放射状にステーが複数設けられた脚部、によって成る三段式の物干し器具であり、意匠の基本構成は両者全く同一である。
(二) 本件意匠Bとロ号意匠を対比すると、上段物干し杆4、中段物干し杆7、下段物干し杵7'の構成は同一であり、上段物干し杆の下縁部に設けられたピンチ係止フック、ストッパー及び脚部の各形状(ただし、ステーの本数は両意匠ともに三本で同一である)並びに上段集束盤の上部の円筒部存否、支柱が上部支柱と下部支柱に分かれているか否かが多少相異しているにすぎない。
(三) しかし、右相異点のうち、ピンチ係止フックの形状は同フックにピンチが吊り下げられている関係上、看者にはほとんど認識出来ないものである。またストッパーについては、本件登録意匠の上段物干し杆のストッパー12は、ロ号意匠の円筒状の支持体12と同じ位置にあって形状も区別がつかず、中段及び下段のストッバー13、13'は何れも中段、下段の各集束盤の下部に接する状態で設けられているので、集束盤と物干し杆によって看者の視線が妨げられて目立たないものであり、その他の相違点も含め、何れも意匠全体に占める割合が極めて小さいものであるから、同一性判断に何らの影響を及ぼすものではない。
(四) 脚部の相異点については、本件意匠Aとイ号意匠の対比に関して前記5(五)において述べたとおりであり、また物干し杆の本数の違いが同一性の判断に全く影響を及ぼさないことは前記5(三)(4)において述べたとおりであるから、右相異が本件意匠Bとの同一性判断に影響を及ぼすことはない。
(五) したがって、ロ号意匠は本件意匠Bに類似する。
8 よって、原告は、被告に対し、本件各意匠権に基づき、イ号物件及びロ号物件の製造、販売、使用、貸与及び販売または貸与のための展示行為の差止め並びにその保管にかかる右各物件の廃棄を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(原告の意匠権)の事実は認める。
2 請求原因2(一)(本件意匠Aの構成)及び同(二)(本件類似意匠の構成)の各事実は認める。
3 請求原因2(三)(本件意匠Bの構成)の事実について
(一) 本件意匠Bの構成<1>及び<4>のうち、上段集束盤が「上下方向に摺動可能に嵌合され」ていること、中段及び下段集束盤も「上下方向に摺動可能に嵌合され」ていることについてはそれぞれ否認し、その余の構成については認める。
本件意匠Bの出願の際の図面代用写真には物干し杆が上下方向に動く状況の写真はなく、意匠にかかる物品の説明の欄にも物干し杆が上下方向に動くとの記載はないから、本件意匠Bの物干し杆は固定されているもので静止としてとらえなければならず、本件意匠Bが右構成を含むものとする原告の主張は失当である。
(二) 本件意匠Bは、「上段物干し杆4、中段物干し杆7、下段物干し杆7'の長さの相対関係は、上段物干し杆4が最も短く、中段物干し杆7は最も長く、下段物干し杆7'はその中間の長さにされており」との構成も有している。
4 請求原因3(被告の製造、販売等)の事実は認める。
5 同4(イ号意匠の構成)の事実は認める。
6 同5(本件意匠Aとイ号意匠の類否)については争う。
7 同6(ロ号意匠の構成)の事実は認める。
ただし、ロ号意匠は、請求原因6記載の構成のほか「上段物干し杆4、中段物干し杆7、下段物干し杆C'の長さの相対関係は上段から順次長くなるようにされており」との構成も有している。
8 同7(本件意匠Bとロ号意匠の類否)については争う。
三 被告の主張
1 本件意匠Aとイ号意匠の類否
本件意匠A及びイ号意匠にかかる物品は、いずれも、物干し器具のなかでも特に立てて使用する室外、室内物干し器具であり、場所をとらずに多くの洗濯物が干せるように工夫されているものである。したがって、この種物品においては少なくとも一本の支柱に二本ないし三本の物干し杆が取り付けられ、それらを支える脚部が存在しなければならず、右各構成は物品の用途及び機能から必然的に形成される周知な基本的形態であるから、それ以外の細部にわたる形態にその意匠の特徴が見いだされる。
(一) 上段物干し杆について
本件意匠Aの上段物干し杆は平板状で断面矩形状であるのに対し、イ号意匠の上段物干し杆は、凹凸に富んでいることが外形上明らかであり、凹凸部がT字形状であることにより洗濯物を干したときより剛性を発揮しうる。
本件意匠Aの上段物干し杆では、下縁部が直線に形成され杆内にクリップ係止用の孔が穿設されているにすぎないのに対し、イ号意匠のそれは、下縁稜線から半円弧状に突出したクリップ係止孔が設けられている。
本件意匠の上段物干し杆の数はわずか三本であるのに対し、イ号意匠のそれは八本であってごちゃごちゃした印象を与える。
(二) 上段集束盤について
本件意匠Aの上段集束盤は、上段部に円筒部が嵌合されており、平面視において等間隔に突出部が設けられている三つ又状であるが、イ号意匠のそれは、平面視において円環状であるとみられ、形状が全く異なる。
(三) 下段物干し杆について
断面形状の相異については上段物干し杆で述べたとおりである。
本件意匠Aにおいては下段集束盤から棒状の下段物干し杆が単に設けられているにすぎないが、イ号意匠にあっては、下段物干し杆の基端部で支柱と集束盤の結合部近傍から湾曲状に隆起した洗濯止めクリップが、あたかも菊花状に設けられている。
(四) 脚部について
本件意匠Aのステーは、集束盤接合部から先端に至るまで全て同一部よりなる丸棒状に形成され、しかもステーの太さ(直径)は支柱のそれに対し約二分の一にすぎず、その開脚幅は横方向に張り出した各物干し杆よりも極めて狭い。これに対し、イ号意匠のステーは、断面逆U字状で、集束盤結合部をもっとも太くし、先端に行くに従って漸次細くなるように形成され、先端部に至ってはあたかも猫足状のごとく円弧状を形成し(ステーは上端部側と下端部において支柱より太い。)、物干し杆と開脚幅の比率は本件意匠Aのそれより大きくバランスよく開脚されている。右相異点からイ号意匠は本件意匠Aに比して安定感、力強さを看取しうる構成となっている。
また、物干し器具という物品の特性からして、構造的にはもちろんのこと見た目からも安定感、力強さを直感させることが最重要課題であり、本件各物干し器具が通常畳まれており、使用時にまず脚部を拡げて安定させ、その後物干し杆を拡げるものであることからすると、原告主張のようにイ号物件の脚部先端の猫足形状を目立たない部分ということはできない。
(五) 脚部集束盤について
本件意匠Aの下段集束盤は四枚のフランジによって形成されているかのごとく看取されるのに対し、イ号意匠のそれは周面が球面状であって、いわゆる伏せたお碗型状よりなる。
(六) 折り畳み状態の相異
本件意匠A及びイ号意匠にかかる物干し杆は使用していない場合には折り畳んだ状態となっているが、本件意匠Aでは下段物干し杆は下方に向かって折り畳まれるのに対し、イ号意匠にあっては上方に向かって折り畳まれる。
(七) 色彩の相異
イ号意匠においては、真っ直ぐに設けられた支柱の配色に対し、横方向に伸びる物干し杆及び脚部を異なる色彩によって同系色で構成しており、その二色の配合があたかも色分け模様として認識され、色彩が視覚を通して生じる美観の重要な要素となっているもので、色彩の点において本件意匠Aと相違する。
(八) 動的意匠
イ号意匠における下段物干し杆を支える集束盤は使用の利便を図るため上下自在に動かし得るようになっているので、イ号意匠は動的意匠であるが(なお、イ号意匠においては、右集束盤を動かして形成される想しうる全ての姿態が基本的形態である。)、本件意匠Aにおいては物干し杆の位置は固定されており静的意匠である。
(九) 被告は、イ号意匠と形状を同じくする意匠を登録出願し(平成四年意匠登録願第三八二二六号)、平成六年一月一四日付で登録査定がなされた(以下「被告登録意匠」という。)。右登録にあたっては、本件各意匠を引用されることなく直ちに登録されたのであり(被告登録意匠の上段物干し杆にピンチを取り付け、支柱を伸ばし、物干し杆を適宜の位置に移動した状態がイ号意匠である。)、このことは、意匠の類否について審査する専門技術庁である特許庁においてもイ号意匠と本件意匠Aとが明確に非類似であると判断したものにほかならない。
以上のとおり、本件意匠Aとイ号意匠とは、全体として異なる美観を形成させるものであり、非類似である。
2 本件意匠Bとロ号意匠の類否
(一) 上段物干し杆について
本件意匠Bの上段物干し杆は平板状で断面矩形状であるが、ロ号意匠のそれは断面T字形状である。
本件意匠Bの上段物干し杆4では、上縁及び下縁稜線が直線状に形成され、杆内にハンガー係合用の孔5の孔が設けられているにすぎないのに対し、ロ号意匠のそれは、下縁稜線から下方に突出した状態でピンチを係止するための複数のフックが複数箇所に設けられている。
(二) 上段集束盤について
本件意匠Bの上段集束盤3には、その上部に支柱1の上端部よりもさらに上方に伸びる捧状部が設けられているとともに、その棒状部の先端に球面状のキャップが嵌着されており、集束盤3の下端部には円筒部が設けられ、円筒部の上下方向の略中央部には段差が存在するが、ロ号意匠のそれには棒状部やキャップが設けられておらず、下部側に設けられている円筒部は周面が平滑状であって段差はない。
(三) 中段及び下段物干し杆について
本件意匠Bの中段及び下段物干し杆は平板状で断面矩形状であるが、ロ号意匠のそれは断面T字形状である。
(四) 各物干し杆の長さについて
ロ号意匠は上段から二段目、三段目と順次長くなりいわば台形に構成されているのに対し、本件意匠Bは、一番長く構成されているのが二段目であり、次に三段目で上段が一段短く、いわばそろばん玉のごとく構成されてなるもので、物干し杆を開いた状態において接した看者にあってはこの相違点に強く注意を惹かれ、両者が非類似であると認識し理解することは明らかである。
(五) 中段及び下段集束盤について
本件意匠Bの中段及び下段集束盤は、物干し杆の基端部が挿入支持された円環状の主部と該主部の下面側中央に突設された円筒部とで構成され、円筒部上下方向の略中央部には段差が存在するが、ロ号意匠のそれは、物干し杆の基端部が挿入支持された円環体のみからなり、本件意匠Bのように下筒部を有しない。
なお、ロ号意匠の中段及び下段集束盤の下部には集束盤の下動を阻止するストッパーが設けられているが、このストッパーは外周の一部が支柱の側方に突出した形状であって、突出した部分にノブが設けられている。よって、ストッパーと集束盤とを一体的に観察した場合であっても両意匠における各集束盤の形状は全く異なる。
(六) 脚部について
本件意匠Bのステーは円柱状に構成され、脚部の直径は支柱の直径に対して約三分の二である。
(七) 色彩の相異及びロ号意匠が動的意匠であることは、イ号意匠について主張したのと同じである。
以上のとおり、本件意匠Bとロ号意匠とは、全体として異なる美観を形成させるものであり、非類似である。
四 被告の主張に対する原告の反論
1 イ号意匠は、被告登録意匠とは著しく異なっていて、到底被告登録意匠の実施品といえるものではない。
すなわち、被告登録意匠においては上段及び下段物干し杆は支柱と直交するように設けられているのに対し、イ号意匠のそれは先端が支柱側よりやや高くなるように緩やかな傾斜をもって設けられているのであり、右相違点によりイ号意匠は被告登録意匠とは全く相違しているのである。
2 ロ号意匠の構成(物干し秤の長さの相対関係)について
ロ号意匠の中段物干し秤7と下段物干し杆7'は相互に互換性を有しており、中段物干し杆7と下段物干し杆7'の入れ替えは顧客において自由になし得るものであるから、その組立形態の一つとして中段物干し杆の方が下段物干し秤より長い構成となりうる限り、ロ号意匠は本件意匠Bと同一または類似であるといえる。
仮に、ロ号意匠の各物干し杆が上段から順次長くなるように固定されていたとしても、物干し秤の長さの違いは本件意匠Bの要部ではないから、類似性判断に何ら影響を及ぼさない。
3 イ号意匠及びロ号意匠が動的意匠であるとの主張について
(一) 動的意匠とは、動くもの、開くものなどの意匠であって、その動き等による意匠の変化の前後の状態を図面に描かなければその意匠を十分に表現することができないものをいい、一定の静止状態をとらえれば動いた状態も想像がつくものは動的意匠というべきではない。
物干し杆が支柱に沿って上下に移動する物干し器具は、原告及び被告の実施品だけでなく他社の実施品にも多数見受けられる公知のものであって、その変化は何人においても容易に想像され得るものであり、しかも使用に際して常に移動が伴うものではなく、むしろ一定の位置に固定された状態で使用されるのが通例であるから、イ号意匠及びロ号意匠は動的意匠でないことは明らかである。
(二) 仮に、イ号意匠及びロ号意匠が動的意匠であるとしても、意匠の類否はその形態変化の基本的状態における形態を中心として判断されるのであり、イ号意匠及びロ号意匠においては上段、中段(ロ号意匠にあっては下段を含む)の各物干し杆を同時に使用する時の状態を基本的形態としていることは明らかであって、右基本的形態におけるイ号意匠及びロ号意匠が本件意匠A及び本件意匠Bとそれぞれ同一または類似していることは明白である。
4 本件意匠Aとイ号意匠の対比(折り畳み状態における相異)について物干し器具はその目的からして開いた状態で使用するものであり、需要者も開いた状態での形状に着目するから折り畳んだ状態における相違点が両意匠の類似性判断に影響を与えることはない。
第三 証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 請求原因1の事実(原告が本件意匠権A及び本件意匠権Bを有しており、本件意匠Aには本件類似意匠が付帯していること)は、当事者間に争いがない。
二 請求原因2(一)及び同(二)の事実(本件意匠A及び本件類似意匠の構成が原告主張のとおりであること)は、当事者間に争いがない。
さらに、本件意匠A及び本件類似意匠の意匠公報であることに争いのない別紙(一)の(1)(2)によると、本件意匠A及び本件類似意匠はそれぞれ「下段物干し杆が上段物干し杆より長い」という構成も有していることが認められる。
三 請求原因2(三)の事実(本件意匠Bの構成)について
1 本件意匠Bが、請求原因2(三)の<1>ないし<6>記載の構成のうち<1>及び<4>の上段、中段及び下段集束盤が「上下方向に摺動可能に」嵌合されていることを除いて右<1>ないし<6>の構成を有していることについては、当事者間に争いがない。
そこで、右争いのある点について検討するに、「登録意匠の範囲は、願書の記載及び願書に添付した図面に記載され又は願書に添付した写真、ひな形若しくは見本により現された意匠に基づいて定めなければならない」(意匠法二四条)ところ、成立に争いのない甲第三号証によると、本件意匠Bの願書には上段、中段及び下段の各集束盤が摺動可能であるとの記載はなく、願書に添付された写真においても各集束盤はいずれも固定された状態で現されている(また本件意匠Bにかかる物干し器具においては、各集束盤が摺動可能であることが当該物品の性質上当然予定されている機能であるとはいえない)から、本件意匠Bにおいては各集束盤は願書添付の写真に現されたように固定されたものとして捉えなければならず、各集束盤が摺動可能に嵌合されていることが本件意匠Bの構成となっているとの原告の主張は採用できない。
2 次に、被告は本件意匠Bは「上段物干し杆4、中段物干し杆7、下段物干し杆7'の長さの相対関係は、上段物干し杆4が最も短く、中段物干し杆7は最も長く、下段物干し杆7'はその中間の長さ」にされている構成をも有すると主張するところ、前掲甲第三号証によれば、本件意匠Bの各物干し秤の長さの相対関係は被告主張のとおりであることが認められるから、本件意匠Bは右構成を有するものといえる。
四 請求原因3の事実(被告によるイ号物件及びロ号物件の製造販売等)は、当事者間に争いがない。
五 請求原因4の事実(イ号物件の構成が原告主張のとおりであること)は、当事者間に争いがない。
六 請求原因5(本件意匠Aとイ号意匠の類否)について
1 本件意匠Aとイ号意匠にかかる物品はいずれも「物干し器具」であることについては争いがないから、以下においては専らその意匠の類否を検討する。
ところで、意匠の類否は、登録意匠の出願前の公知意匠、類似登録意匠を参酌しつつ、登録意匠にかかる物品の性質、用途から具体的な取引の場で取引者、需要者の注意を強く引く部分を要部として認定し、対象意匠が右要部と共通する構成を有しているかを基準として両意匠を全体的に観察し、その意匠的効果が類似しているか否かによって判断すべきである。
2 そこで、まず本件意匠Aの要部を検討する。
(一) 成立に争いのない乙第六号証によると、昭和五四年一月三〇日登録第五〇〇八六二号(同年五月一日公報発行)の物干し器具の意匠(別紙公知意匠図記載のとおり。以下「公知意匠」という。)が本件意匠Aの出願前に公知であったことが認められる。
(二) 本件意匠Aには請求原因2(二)記載の構成を有する本件類似意匠が付帯していることは、前述のとおりである。
(三) 右公知意匠の存在から、細長い丸棒状の支柱部、支柱部の上端に放射状に配置された上段物干し杆、支柱部の中央部に配置された下段物干し杆及び支柱部の下端に配置された脚部により構成されるという基本的構成は、本件意匠Aの出願前に公知であったことが認められるから、本件意匠Aの要部が右基本的構成にあるとはいえない。そこで右公知意匠との対比から、看者の注意をひき新規であると認められる部分で本件類似意匠と共通の構成を有する部分を要部として認定すると、本件意匠Aの要部は以下のとおりであると認められる。
(1) 上段物干し杆及び下段物干し杆はいずれも先端が支柱側よりやや高くなるように緩やかな傾斜をもって放射状に配置されていること(2) 下段物干し杆は上段物干し杆より長いこと
(3) 下段物干し杆の先端が「つ」字形のクリップに成型されでいること
(4) 脚部は脚部集束盤からステーが放射状に複数設けられており、各ステーは集束盤とのみ接合していること
なお、前記(3)に関して、いずれも成立に争いのない乙第八及び第一一号証によると、先端が「つ」字形のクリップに成型された物干し杆が、先端が支柱側よりやや高くなるように緩やかな放射状をもって設けられている構成は、本件意匠Aの出願前に公知となっていたことが認められるが、一般に意匠は全体として機能的に構成されているものであるから、意匠の構成として公知の部分が含まれていても右構成部分が意匠全体からみて看者の注意を強くひくといえる場合にはなお要部たりうるものといえる。本件意匠Aにおいて下段物干し杆は、全体の構成からみて中心的部分に位置し、その先端に「つ」字形クリップが形成されていることにより、意匠全体として看者に軽快な印象を与えるもので、右構成部分は看者の注意を強くひく部分であるといえるから、本件意匠の要部であるといえる。
3 右要部を基準として本件意匠Aとイ号意匠を対比すると、イ号意匠も前記(1)ないし(4)の本件意匠Aの要部と同じ構成を有していることが認められる。
さらに、両意匠の全体形状を対比観察すると、両意匠は以下の点で相違していることが認められる。
(一) 本件意匠Aにおいては上部支柱と下部支柱の継ぎ目は下段集束盤に隠れているのに対し、イ号意匠においては上部支柱と下部支柱の継ぎ目が中間部分(下段集束盤と脚部集束盤との中間部分)に現われている。
(二) 本件意匠Aの上段物干し杆は、断面が矩形状で、杆内に<省略>形状のハンガー掛止孔が一〇個穿設され、放射状に設けられた杵の本数は三本であるのに対し、イ号意匠の上段物干し杆は、断面がT字形状で、杆の下縁稜線から半円弧状に突出したピンチ係止フックが二個設けられ、各フックの先端にはピンチが吊り下げられており、杆の先端にのみ孔が穿設されており、杆の本数は八本である。
(三) 本件意匠Aにおける上段集束盤は、上段物干し杆との接合部が突出しており、平面視において三つ又状であるのに対し、イ号意匠のそれは、上段物干し杆が集束盤に食込むように接合されており、平面視において円環状である。
(四) 本件意匠Aの下段物干し杆は、断面が矩形状で、その本数が一二本であるのに対し、イ号意匠のそれは、断面がT字形状で、支柱側上縁部において集束盤の結合部近傍から湾曲状に隆起した洗濯止めクリップが設けられ、その本数は一六本である。
(五) 本件意匠Aの下段集束盤は、上部支柱と下部支柱を受容するため上部と下部がそれぞれ円筒状に突出しているのに対し、イ号意匠のそれには上部への突出部はなく、下部には外周の一部が側方に突出した円筒状のストッパーが係着されている。
(六) 本件意匠Aの脚部集束盤は、ステーとの接合部が突出しており、底面視において十字形状であるのに対し、イ号意匠のそれは、上部が逆椀型状で、下部においてステーと接合しており、接合部分は底面視において三又状となっている。
(七) 本件意匠Aのステーは、丸棒状で、その太さは支柱の約二分の一で、集束盤との接合部から先端部に至るまで一定であり、その本数は四本であるのに対し、イ号意匠のそれは、断面逆U字状で、その太さは、集束盤との接合部付近では支柱より太く先端にいくに従って次第に細くなり、先端部分ではあたかも猫足のごとく円弧状に形成されている。
(八) さらに、被告は、イ号物件においては、下段集束盤が上下方向に摺動可能であることから、これを上下方向に移動させた全ての形態がイ号意匠の基本的形態であり、本件意匠Aと基本的形態において相違すると主張する。
しかしながら、イ号物件の使用状態を現した写真であることに争いのない乙第四〇号証によると、イ号意匠は、その通常の使用形態の一つとして下段集束盤が支柱の中央部分にバランスよく配置された本件意匠Aと同様の形態をとるもので、下段集束盤が支柱の上端側ないし下端側に配置されることがあったとしてもそれが固定的なものではないから、イ号意匠の基本的形態は本件意匠Aと同一ないし類似であるといえる。
また、被告は、イ号意匠は二色の配合からなる形状と色彩の結合意匠であり、色彩の点において本件意匠Aと相違すると主張するが、本件意匠Aは色彩を限定せずに登録されているうえ(別紙(一)の(1)のとおりである。)、色彩それ自体には何らの創作性も見出せないことからすれば、当該物品の形態として通常予想されるありふれた色彩を施したにすぎないものについては、色彩の点を取り上げて類似性判断の基準とすべきではない。イ号意匠の写真であることに争いのない検甲第二号証の一、乙第一、第四、第四〇号証によると、イ号意匠は、支柱部分が白で、その余の部分がピンク色の二色配合となっていることが認められるが、右配色は取り立てて奇抜なものではなく通常予想される範囲内のものであるから、色彩の点をもって類似性を否定する被告の主張は採用できない。
さらに、被告は、本件意匠Aとイ号意匠との折り畳み形態の相異を両者が非類似であるとの根拠として主張するが、別紙(一)の(1)(本件意匠Aの意匠公報)によると、本件意匠Aは洗濯物を干すために物干し杆を拡げた状態の意匠として登録されているものであり、折り畳み状態は参考図として掲載されているにすぎないものであるから、その類似性判断も杆を拡げた状態で行うべきであり、折り畳み状態の形態をもって類否を比較検討することはできない。
4 そこで、右各相異点が両意匠の全体観察から看者が受ける視覚的印象に著しい相異を与えるものであるかが問題となるが、一般需要者が物干し器具を購入する際には、当該物品が洗濯物を効率よく干すためにいかなる機能を備えているかに最も注目するのであるから、右各意匠から看者が受ける視覚的印象を検討する際にも、それが装飾的に特段の効果を発揮するものでない限り、外観上の相違点が物干し器具としての機能と密接に関連するものであるか否かに重点を置かなければならない。
(一) 3(一)の支柱の継ぎ目は、イ号意匠にあって目立たないものであり、特段の意匠的効果を発揮しているとはいえない。
(二) 3(二)の上段物干し杆の相違点について
本件類似意匠の上段物干し杆は、本件意匠Aと異なりピンチが二個吊り下げられた構成となっており、その本数も一二本と多いが、本件意匠Aの類似意匠として登録されていることからして、上段物干し杆の付属的形態及びその本数(ただし、三本以上が放射状に配置されていることは必要である。)は、意匠全体から見て顕著であるといえない限り本件意匠Aの類似範囲に影響を及ぼさないといえる。これによると、イ号意匠の上段物干し杆の付属的形態は全体に与える影響が顕著ではなく、その本数も八本と本件意匠Aと類似意匠の中間であり、右相違点により意匠の類否が影響を受けるものではないといえる。
また、一般需要者が物干し杆を観察する際に最も着目するのは、杆の機能から生ずる具体的形態であり(もっとも、右のとおり上段物干し杆においては、その形態は類似性の範囲に影響を及ぼさない。)、その断面形状は、装飾的に特段の効果を発揮するものではなく、また機能自体に直接影響を及ぼさないものであって、看者の注意を引く部分とはいえず、全体観察からしても目立たない部分であるといえる。
(三) 3(三)の上段集束盤の形態の相異については、本件類似意匠のそれがイ号意匠のそれと同様に平面視において円環状のものであることからして、右相違点が直ちに類似性判断に影響を及ぼすものとはいえない。
(四) 3(四)の下段物干し杆の断面形状の相異については、右(二)で論じたとおり目立たない部分であり、その本数についても菊花のように放射状に設けられていれば、具体的本数は類似性判断に影響を及ぼさないものといえる。
イ号意匠の下段物干し杆の基端部に設けられた洗濯止めクリップは、看者の視点からは目に留まる部分に存在するし、湾曲状に隆起した形状をしていることから、放射状に配置された下段物干し杆全体として菊花状の印象を与えるものといえるが、他方、基端部のクリップは、先端部のクリップと対になって初めて洗濯物をとめるという機能を発揮するものであり(下段物干し杆は、先端が支柱側よりやや高くなるように緩やかな傾斜をもって配置されていることから、基端部のみにクリップを設ける意味は乏しい。)、いわば先端部のクリップの機能を補完するものにすぎないし、その形状も湾曲状に隆起している点を除いては先端部のクリップとほぼ同様のものであり、必ずしも全体印象において格別の意匠的効果を発揮しているとは認められない。
(五) 3(五)の下段集束盤の相異について
イ号意匠には本件意匠Aに存在する下段集束盤上部の突出部がなく、これにより下段物干し杆の支柱嵌合部は、本件意匠Aに比して幾分すっきりした印象となっているが、右相違点は装飾的にも機能的にも大きなものではなく、全体的な視覚的印象に与える影響は少ないといえる。
イ号意匠の下段集束盤下部に設けられたストッパーは、その大きさ、位置からしても、看者の視点からは下段物干し杆の陰に隠れて見えにくいものであり、全体の構成からして目立たない部分であるといえる。
(六) 3(六)の脚部集束盤及び3(七)のステー形状の相異について
前記の相違点の存在により、本件意匠Aに比して、イ号意匠の脚部は重厚で安定感がある印象を与え、全体的にも脚部の存在感が強い構成となっているといえるし、物干し器具を安定的に使用することも一般需要者の重要な関心事であることからすれば、看者も脚部の構成に注目することもあると考えられる。しかしながら右の点は洗濯物を効率よく干すという第一次的な関心事からすれば二次的なものであるといわざるを得ず、さらに脚部は看者の目線からは下方に位置していることからすれば、概括的な構成を超えた細部における差異が全体的印象に特段の影響を及ぼすものとはいえない。
右に検討したところによると、本件意匠Aとイ号意匠の各相違点は、全体的に観察して両意匠の要部が共通であることから生じる共通の視覚的印象を凌駕して異なる意匠的効果を発揮するに足りるものとはいえず、結局イ号意匠は本件意匠Aに類似するものといえる。
(七) これに対し、被告は、イ号意匠は被告登録意匠の実施品であり本件意匠Aに類似しないと主張するが、成立に争いのない乙第四二号証(被告登録意匠の意匠公報)によると、被告登録意匠においては、上段及び下段物干し杆は水平方向に真っ直ぐのびているのに対し、イ号意匠のそれは先端にいくにしたがって次第に高くなるように緩やかな傾斜をもって設けられており、右の相違点により被告登録意匠は全体として平板な印象を与えるのに対し、イ号意匠は軽快な印象を与えるという異なる意匠的効果を生ぜしめるものであるから、イ号意匠は被告登録意匠の実施品であるとはいえない。
七 請求原因6(ロ号意匠が原告主張のとおりの構成を有していること)は、当事者間に争いがない。被告はさらに、ロ号意匠は右構成のほか「上段物干し杆4、中段物干し杆7、下段物干し杆7'の長さの相対関係は上段から順次長くなるようにされており」との構成も有していると主張するが、ロ号物品の写真であることに争いのない検甲第二号証の二及び乙第二、第四一号証によるとロ号物件においては中段物干し杆と下段物干し杆は組立形態によって入れ替えうるものであり、上段から順次長くなるように組立てた形態がロ号物件の基本的形態であるとも認められないから、被告の右主張は採用できない。
八 請求原因7(本件意匠Bとロ号意匠の類否)について
1 本件意匠Bとロ号意匠にかかる物品はいずれも「物干し器具」であることについては争いがなく、本件意匠Aとイ号意匠の場合と同様専らその意匠の類否が問題となるので、まず本件意匠Bの要部を検討する。
2 本件全証拠からしても、本件意匠Bの出願前に細長い丸棒状の支柱、放射状に配置された上段、中段、下段の各物干し杆及び脚部からなる基本的構成を有する物干し杆が公知となっていたとは認められない。そこで、本件意匠Bにおいて看者の注意を強くひく部分(要部)は次のとおりであると認められる。
(一) 細長い丸棒状の支柱、上段、中段、下段の各物干し杆及び脚部からなる基本的構成を有していること
(二) 各物干し杆はいずれも先端が支柱側よりやや高くなるように緩やかな傾斜をもって放射状に複数配置されていること
(三) 脚部は脚部集束盤からステーが放射状に複数設けられていること
3 右要部を基準として本件意匠Bとロ号意匠を対比すると、ロ号意匠も前記(一)ないし(三)の本件意匠Bの要部と同じ構成を有していることが認められる。
さらに、両意匠の全体形状を対比観察すると、両意匠は以下の点で相違していることが認められる。
(一) 本件意匠Bにおいては支柱は一本であるのに対し、ロ号意匠においては上部支柱と下部支柱からなり、その継ぎ目が中間部分に現われている。
(二) 本件意匠Bの上段物干し杆においては、下縁に沿って設けられたピンチ係止フックの開口部が、物干し杆先端側に形成され、先端部のハンガー係止孔5が上方に突出して設けられ、杆の本数は一〇本であるのに対し、ロ号意匠においては、ピンチ係止フックの開口部は支柱側に形成され、先端部のハンガー係止孔は杆の上縁及び下縁の延長線上に設けられており、杆の本数は八本である。
(三) 本件意匠Bにおける上段集束盤の上部は、上段物干し杆の接合部よりもさらに上方に円筒状に突出し、上端部には球面上のキャップが嵌着されており、右集束盤の下部はほぼ中央部に段差を設けた円筒状に形成されているが、ロ号意匠にのそれにおいては上部に突出部はなく、下部に設けられた円筒部にも段差はない。
(四) 本件意匠Bの中段及び下段物干し杆の本数はそれぞれ二〇本であるのに対し、ロ号意匠のそれの本数は一六本である。
(五) 本件意匠Bの中段及び下段集束盤の下部はほぼ中央部に段差を設けた円筒状に形成されているが、ロ号意匠のそれの下部には円筒部は存在せず、かわりに外周の一部が側方に突出した円筒状のストッパーが係着されている。
(六) 本件意匠Bの脚部集束盤はステーとの接合部が突出しているのに対し、ロ号意匠のそれは上部が逆椀形状で下部においてステーと接合している。
(七) 本件意匠Bのステーは丸棒状で、その太さは支柱の約三分の二で脚部集束盤との接合部から先端部に至るまで一定であるのに対し、ロ号意匠のそれは断面逆U字状で、その太さは集束盤との接合部付近では支柱より太く、先端にいくにしたがって次第に細くなり、先端部分ではあたかも猫足のごとく円弧状に形成されている。
(八) なお、被告は色彩の相異及びロ号意匠が動的意匠であることによる両意匠の基本的形態の相異をも主張する。しかしながらいずれも成立に争いのない甲第三号証(本件意匠Bの意匠登録願)及び乙第二五号証(本件意匠Bの意匠公報)によると、ロ号意匠が図面代用写真により登録されていることが認められ、右意匠がいかなる色彩で登録されているものであるかは証拠上明らかでないが、前記のとおり当該物品の形態として通常予想されるありふれた色彩を施したにすぎないものについては、色彩の点を取り上げて類似性判断の基準とすべきではない。いずれもロ号意匠の写真であることに争いのない検甲第二号証の一及び乙第二、第五号証、第四一号証によれば、ロ号意匠は支柱、物干し杆、脚部集束盤、脚部について二色ないし三色の配色が施されているが、いずれも通常予想しうるものであるから、色彩の相異は類似性判断に影響を及ぼさない。
ロ号意匠が動的意匠であることを前提とする被告の主張は、イ号意匠についての同様の主張に対する判断で論じたのと同様の理由により採用し得ない。
4 そこで右各相違点が、両意匠の看者に与える視覚的効果の差異の程度であるが、前記認定のとおり、そもそも本件意匠Bの出願前にこれと基本的構成を同じくする物干し器具が存在したとは認められないから、本件意匠Bの類似範囲は基本的構成を同じくする出願前の公知意匠が存在した本件意匠Aに比して広いものと解されるところ、本件意匠Bとロ号意匠との相違部分は、本件意匠Aとイ号意匠との相違部分より概して少なく、イ号意匠がその相異部分の存在にもかかわらず、なお本件意匠Aの類似範囲に属すると認定されるのと同様に、本件意匠Bとロ号意匠との相異部分は、いずれも全体観察からして目立たない部分であり、要部を共通にする両意匠の共通の視覚的印象を凌駕するに足りるものでなく、結局ロ号意匠は本件意匠Bに類似するものといえる。
九 結語
以上によれば、原告の本訴請求は、いずれも理由があるからこれを認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 小林秀和 裁判官 島田佳子)
別紙(一)の(1)
日本国特許庁
昭和63年(1988)1月19日発行 意匠公報(S)
C3-72A
723293 意願 昭54-32979 審判 昭59-13393
出願 昭54(1979)8月6日
登録 昭62(1987)9月10日
創作者 岡田孝博 大阪府守口市大日町3丁目137番地 株式会社久宝プラスチツク製作所内
意匠権者 株式会社久宝プラスチツク製作所 大阪府守口市大日町3丁目137番地
代理人 弁理士 中村恒久
審判の合体 審判長 杉本文一 審判官 横山浩治 審判官 森本敬司
意匠に係る物品 物干し器具
説明 図面中、掛杆を支持する中央筒を上下逆転させて支柱に嵌合すれば参考図の如、折畳み得るものである。右側面図は左側面図と対称にあらわれる。
<省略>
別紙(一)の(2)
日本国特許庁
昭和63年(1988)5月13日発行 意匠公報(S)
C3-72A類似
723293の類似1 意願 昭55-3017 審判 昭58-14059
出願 昭55(1980)1月31日
登録 昭63(1988)1月11日
創作者 岡田孝博 大阪府守口市大日町3丁目137番地 株式会社久宝プラスチツク製作所内
意匠権者 株式会社久宝プラスチツク製作所 大阪府守口市大日町3丁目137番地
代理人 弁理士 中村恒久
審判の合体 審判長 杉本文一 審判官 横山浩治 審判官 森本敬司
意匠に係る物品 物干し器具
説明 背面図は正面図と、右側面図は左側面図と同一にあらわれる。
<省略>
別紙(一)の(3)
日本国特許庁
昭和64年(1989)2月7日発行 意匠公報(S)
C3-72A
754368 意願 昭62-35722 出願 昭62(1987)8月31日
登録 昭63(1988)10月26日
創作者 岡田孝博 大阪府守口市大日町3丁目137番地 株式会社久宝プラスチツク製作所内
意匠権者 株式会社久宝プラスチツク製作所 大阪府守口市大日町3丁目137番地
代理人 弁理士 大西孝治
審査官 鍋田和宣
意匠に係る物品 物干し器具
この意匠は図面代用写真によつて表わされたものであるから細部については原本を参照されたい
<省略>
別紙(二)の(1)
<省略>
別紙(二)の(1)
<省略>
別紙(二)の(2)
<省略>
別紙(二)の(3)
<省略>
別紙(二)の(3)
<省略>
別紙(三)の(1)
<省略>
別紙(三)の(1)
<省略>
別紙(三)の(1)
<省略>
別紙(三)の(2)
<省略>
別紙(三)の(2)
<省略>
別紙(三)の(2)
<省略>
公知意匠図面
日本国特許庁
昭和54.5.1発行 意匠公報(S) 10-50
500862 出願 昭 51.9.7 意願 昭 51-35127 登録 昭 54.1.30
創作者 徳久浩一 枚方市中宮北町2番17-204号
意匠権者 株式会社栗田製造所 茨城県猿島郡五霞村大字江川字沖の内3-2585番地
代理人 弁理士 福田信行 外1名
意匠に係る物品 物干し器具
この意匠は図面代用写真によつて表わされたものであるから細部については原本を参照されたい
<省略>
意匠公報
<省略>
意匠公報
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意匠公報
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意匠公報
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